'09夏 古民家合宿 参加者(生徒、ボランティア)の感想
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在校生の声
■みんなでひたすらおにぎりを握る物語
8月4日から7日まで、私は夏の古民家合宿に参加していた。本来、合宿は7月31日から始まるのだが、私は諸事情により4日からの途中参加だった。最寄り駅から電車で新宿駅まで行き、特急スーパーあずさ15号に乗って小淵沢駅まで。駅に着き、彩星に電話で報告をしようとしたら、スタッフである小林さんの車が見えた。事前に到着時間を知らせていたので、連絡を入れる前に迎えに来てくれたのだ。小林さんの車には、彩星の生徒であるFさんと、Mくんが乗っていた。車に揺られている間、私は早くも「帰りたい」と思っていた。何せこの古民家合宿、得るものが多ければ失うものも多い。要するに、とてつもなくハードなのだ。
古民家に着き、荷物を置いて、軽く休憩と散歩。散歩から古民家へ戻り、みんなの観察。バタバタしている。とても忙しそうだ。それもそのはず、5日に行われる納涼会のリハーサルをするのがこの4日だ。男子棟を覗くと、彩星の生徒であるOさんとM君とOくん。卒業生のSくん。淑徳大学のインターンシップ生であるNさんがおにぎりを握っていた。男子棟の暑く、狭い一室で必死におにぎりを握るみんな。罪悪感に負けて、私も手伝うことにした。
途中から彩星の生徒であるO君が参加して、着々とおにぎりが増えていく。三角形のおにぎりが盛られている皿の中に、ひとつだけ謎のおにぎりが。何故この形にしたのか。ピラミッド型というか、四角垂のおにぎりが異様な存在感を放っていた。作者はSくんだった。ピラミッドの他にも、サイコロ状のものまで作っていた。「誰が食べるんだろう…」そんな不安は的中して、ピラミッドはいつの間にか、誰の腹に入ることもなく消えていた。次からは美味しそうに見えるおにぎりを作って欲しい。
5日の本番、6日の片付け、7日の撤収作業では、不運にも体調を崩してしまい、ロクに働けなかった。それでもおにぎりを握る作業はとても印象的で、良い思い出になった。次回の秋古民家では、体調が万全な状態で挑めることを祈る。(N.Rさん)
■09夏の古民家合宿
7月31(金)・ご近所にあいさつまわりした ・男子棟のそうじ ・カレーを食べた
・ 草刈りをした ・夕食のじゅんびした
8月1日(土)・かまど ・水くみ(歩き) ・男子棟のそうじ
8月2日(日)・男子棟のそうじ(かまどのそうじ) ・庭先でダンボールをもやした
8月3日(月)・草刈り ・米を炊いていた
8月4日(火)・水くみに行った ・田んぼに行った
8月5日(水)・水くみをした ・床をそうじした ・おにぎりをにぎった ・草を切った
8月6日(木)・いつもと違う温泉に行った ・米を炊いた ・前日の片付け
8月7日(金)・大そうじした ・水汲みした ・かまど場のそうじ ・ダンボールをちぎった ・バスに乗った ・朝はおにぎり ・食器を片付けた ・ふとんを干した(S.Kくん)
■私が安心してサボった夏の古民家合宿
私は去年入学して始めての合宿が夏の古民家で、周りと馴染んでるともいえない状態での合宿だったから精神的にも辛く、本気で埼玉に帰りたいと思っていた。それから一年が経って、今年の夏の古民家では去年よりは精神的に軽く過ごせたと思う。
それはこの一年の間に『安心してサボる』ということを学んだからだと思う。
古民家合宿では、古民家目前というところで雨が降り出して「Aさんの雨男」などとバスの中で話していた。TCAのB先生も雨男らしい。
バス2台で古民家まで来たのだが私の荷物は山でのキッズキャンプの方に乗せられていたので、Cさんを道連れにしてバスに乗り、山の途中まで行って子供たちの荷物を降ろすついでに私の荷物も降ろしてもらった。その時に中1の男子のRとちょっと喧嘩したりもあった。帰りもDさんの運転でバスに乗って古民家まで帰ってきた。
古民家に戻ってからはとにかく掃除で、彩星からの女子が私とCさんしかいなかったので、なんとなく頑張っていこうと思ってたんだけど、淑徳大学の男の人達がすごくよく働いてくれたので正直楽だった。その後淑徳の人達は雨の中で草刈りをしていて、風邪ひかないようにと誰かに心配されていた。
2日目にはキャンプのテントが雨で水没してしまい、キャンプの子供たちが古民家に全員移動してきてかなり賑わっていた。ちょっとうるさかった。やることがないから子供、彩星含め4・5人でUNOを始めることになり、Cさんが女の子にやり方を教えながら参加していた。時間が経つにつれ参加している人が多くなり、女の子もやり方を覚えたので皆で楽しく遊んでいた。
小学生の夕飯では男の子が他の子と喧嘩をしてしまい、言葉の悪さにEさんがキレるという出来事もあった。仲良く食べるようにとEさんが怒っても、嫌だと泣いていて、でも食べたいみたいで「食べたいのか食べたくないのかどっちなんだ」とEさんが叫ぶと男の子は「わかんねえよ!中間だよ!」とか言っていて、静まり返っていた周りがEさん含め笑い出した。結局男の子は謝って許してもらい、夕飯を食べることができたのだが「みそ汁冷めてる」と言い出したので「レンチンしようか?」と返したら「もったいないからいい!」とか言って、また笑いを誘っていた。
この日、雨は止まなくてキャンプの人達は古民家の男子棟やテント、車の中で寝ることになり子供は喜んでいた。ハイタッチなどもしてくれた。
古民家合宿3日目。まだ3日目。朝六時半くらいに起きて、廊下で寝ているCさんと話していた。しばらくすると子供たちが起きてきて、Cさんのお菓子をあげたらすごく嬉しそうに食べていて「もらっていい?」と訊いてきたので全部あげた。朝食前だから全部食べちゃだめだよと注意したら、少しだけ食べて鞄にしまっていた。後で食べるらしい。少しだけ子供が好きになった、気がする。
その後またCさんの布団で話していたら違う子供がやってきて一緒に話した。前日の残ったお菓子を食べながらFがやってきて、その場にいた私やCさん、子供たちに分けてくれた。「朝食前なのだからあんまり食べるなよー」とか注意しながら子供の相手をしていたら、子供にお菓子食べた手をジーパンで拭かれた。ほっぺひっぱったらやり返された。
この日はやっと雨がやんで、子供たちは山に帰っていったのだけど、またすぐに雨が降ってきた。すぐにやんだけど。
次の日、4日目。8月3日になったので納涼会のプレが始まり、朝からの準備となった。襖をはずしてテーブルを並べて料理準備。私は淑徳大生のGさんと、ひたすらごぼうのささがきをしていて、ささがきをしながら、包丁がとぶのじゃないだろうかと思う程腕が麻痺してきた。いくら2人とはいえごぼう5本もささがきをすればそうなると思う。他にはにんじんを切ったりしつつ携帯で写真を撮って彩星に送っていたりもした。体調があまりよくなくて、そんなに働いてた記憶がない。
5日目になり納涼会も前日となった。朝の状態で食材がほとんど無く、午後からの調理となり、切羽詰っていた。とりあえずささがきを一人でしていた。一人で5本はほんとに腕が大変で、疲れとかストレスとかいろいろあってごぼうに当たっていた気がする。何故だか唸りながらささがきをしていたし……。
体調が悪くなって微熱気味だったから「寝ろ!」と言われてテントでずっと寝ていた。ものすごく寂しかったことを覚えている。
6日目、納涼会本番。HさんやIさんが参加してくれて、久しぶりに会ったのでかなり喜んで、後は皆に言われてテントで寝ていた。体調不良なJさんとテントでひたすら寝ているだけだった。朗読練習とかも必死にやっていた気がする。本番中もテントで寝ていて、たまに会場前を通ったときににんじんスティックとかぽりぽりしていた。今回の古民家を通して、にんじん嫌いだけど、スティックなら食べられるようになって今はちょっとハマっている。
その後朗読だけ参加したのだが記憶が飛んでいてまったく覚えていない。『いのちの識り方』という詩の一部を皆に先行して読んでいたのと、今回から終わりの「ありがとうございました」も言うようになった。そこから先は寝てたら帰る日になっていて、まだ微熱だったから寝てたら、いつのまにか帰る時間になっていた。
安心してサボるとは、他の人に安心して任せられることだと思う。体調不良の人などがいたら代わりに自分がやってあげる。
私は今回の古民家合宿で熱を出して何日か寝ているだけだったが、他の人が代わりに仕事をしてくれたので私は休むことができた。仕事を代わってくれた人に感謝している。これから先、やってもらった分やることでみんなに返していきたい。(A.Fさん)
■ まず初めに、古民家キャンプとは、簡単に言うと、一週間に渡る合宿だ。古民家組と、山組で別れて、行われる。過去は、20日間だった。生活は、全て自分で達でやる。調理、かまど、食器洗い、水汲み、その他多数。皆で協力すれば、実に簡単なのだ。つまりチーム・プレイが大事なのだ。
キャプテン・カリスマ(クリスチャン)的には、今回の古民家は、過去1番最低だった。特にスターとは、ありえない。牛乳パックは無いし、新聞紙は無も、無いからね。後で皆に聞いたら・・・今回は集めてないらしい。考えられない。でも仕方ないか。なぜかは、クリスチャンは、卒業生だし、言う立場じゃないと思ったからだ。て言うか全然知らなかった。笑い事では、ないのです。来年の古民家は、牛乳パックと新聞紙を集めましょう。でもクリスチャンは、牛乳パック3~4枚と新聞紙数枚で頑張りました。クリスチャンは、ダメ人間でも、やる時はやる。これがクリスチャンの在るべき姿だ。
淑徳大生と出会って。ここまでとは、一転して。素晴らしい人達だった。SさんIさんKさんNさん。ありがとうございます。見た目は、ヤンキーだけど、全然普通だった。話やすかった。特にIさんは、一緒にかまどをやった仲間だった。話をしているうちに仲良くなれた。初日は、米を焦がしてしまった。過去最低だったので驚きました。毎回初日は、なにかしらやらかしてしまうのだ。でも、徐々にうまくなってきた。Iさんは、意外に火を点けるのが上手かった。初日の米は、山組にさんざん言われた。こんなくそまずい米食えるかと、言われた。凄いショックだった。まだ小学生だったので、言われてもしかたない。寧ろよかったのかもしれない。正直ストレートのほうが好きだ。でも、TCAの人達に文句を言われるとは、思っていなかった。クリスチャンだったら、文句は言わず、食べるだろう。というか言えないだろう。なぜなら気まずいからだ。まあ過ぎた事は気にしない。そんな時は、自分の頭の中で、想像するんです。「BON JOVI」の詩を思い出す。「WELCOM TO WHEREVER YOU ARE」です。BON JOVIを聞いていると、皆一緒になれる。仲間を信じられる。Every one`s a hero Everyone` a star 皆がヒーロー、皆がスター。
もしかして僕たちは、みんな違うのに やっぱり同じなのかもしれない
誰もかも体にエイデの血が流れてる そりゃ自分じゃわかりにくいこともあろ
今の自分と理想の自分の狭間にいるということ。 もし君が一人ぼっちで自分を見失い
友達が必要になったら思い出してよ どんな始まりも、始まりの終わりにすぎないんだよ
ウエルカム どこにいようとその場所へ これが君の人生さ、よくここまで頑張ってきたね
ウエルカム 信じなよ 今ここは、まさに君がいるべき場所
ウエルカム 今いるその場所へ
みんまがinなのに、自分一人がoutの時も 疑いの影の溺れそうな時も
誰だって、その人なりに奇跡をおこせる 耳を傾けるのは自分の気持ちだけでいい、
他人の言い分じゃなくてぬね もし君が途方に暮れて寂しくて
ウエルカム どこいようとその場所へ これが君の人生さ、よくここまで頑張ったね
ウエルカム 信じなよ 今ここは、まさに君がいるべき場所
自分がなりた自分なれ 自分らしくあれ みんながヒーロー みんながスター
ギブアップしそうになっても、 もう少しで心がつぶれそうになっても
思い出して、君は完璧さ 神様は間違ってなんかいないよ
感動ありがとう。Every a hero Everyon`s sta 俺がヒーローだったら 同じ事言うだろうな
卒業生のIさんが、酒を飲み過ぎて、ひっくりかえった。酔っ払いが酔っ払いを看病した。一番Iさんが大変そうだった。IさんとSさん松矢さんの看病を、同時にしていた。俺は、Iさんの愚痴を聞いていた。奴は酔うとすごい。色んな事を聞いた。内容は、想像して下さい。(T.Kくん)
■古民家での思い出
僕は一週間の旅の古民家合宿へ行きました。一日目はみんなのところにあいさつまわりに行きました。最初の草刈りは、雨で手袋がぬれてよごれて辛かったです。
二日目の草刈りも、雨が降っていたので一日目のように辛かったです。
山のキャンプを楽しむ人たちが、雨でやってきて、忙しい日だと思いました。
三日目はいよいよ田んぼへ行くのですが、三日目も雨でもうたくさんでした。昼ご飯は、まだ山のキャンプの人たちがいて、遅れました。
四日目はとうとう納涼会の準備です。そんな僕は、田んぼへ行きました。川の水はとてもきれいで気持ち良かったです。夕ご飯は、テーブルを大きくしてならべました。朗読の練習もしました。
五日目も田んぼに行きました。午後は、おにぎりを作ったけど時間がなくて急いでしまいました。朗読は順調で本番のような気がしました。
六日目はいよいよ本番です。山にある川で果物など冷しました。
田んぼは働きにくかったです。そして納涼会の本番。ビデオを見ました。小林さんは、病気の人を病院に連れて行きました。
小林さんは朗読の終わった後に帰ってきましたが、問題なしに納涼会はもり上れました。花火をやってきれいでした。
七日目の午前は、のんびりしていました。午後は、そうじをして、夕方は一日目のようにあいさつまわりをしました。
最後の温泉も気持ち良かったです。そして向かえた八日目。大そうじをしました。十時半くらいに出発しました。帰れるのもいいけどちょっとさみしい感じがしました。得に一番思い出に残ったのは、六日目の納涼会です。 深夜までもり上がったと思いました。そのとき僕はねていました。
雨の日は多かったけど、晴れの日の草刈りもよごれなくてでいい仕事になりました。スイカやパイナップル、そして差し入れのアイスもどれもおいしかったです。
辛いこともよくありましたけど、楽しく学べたと思えました。おにぎりも五日目は忙しかったけど、六日目は上手にできて良かったです。秋の稲刈りもがんばります。(A.Oくん)
■古民家を振り返って
私は、8月2日に古民家の方へ入りました。前日まで私は古民家に行きたくない、キャンセルさせて頂きたいとまでずっと言っていたのですが、結局参加することになりました。ここからがまさに、地獄の始まりでした。山梨は、私がついたときにはザーザーぶりでした。しかも、色々ゴタゴタがあったらしく、買出しにいけないという事もきき本当に大丈夫なのか? と心配になりました。
リラックスしていたのもつかの間、早速調理の方に入ることになりました。時間に間に合う訳がないと思っていたとおり間に合いませんでした。その日は確かミネストローネでした。[材料はあるものだけ]という状況で、本当によくできたなと自分でも感心するぐらいでした。時間には間に合いませんでしたが。
その日の夜のミーティングで、明日からのプレ納涼会について話し合ったのですが、あまりにも話と違いました。何も考えていなかったこと、状況が悪すぎること、私の考えてるメニューよりも2品目増やせという指示があったこと、思わず「話が違う、間に合う訳がない、時間が足りないのにそこまではできない。そのことも考慮しているんですか。」と怒ってしまいました。多すぎると感じました。無茶振りだと本当に思いました。私の今の力ではそこまではできないとずっと抵抗していたのですが結局、8月3日に改訂版古民家レシピで挑みました。
その日は、人との連携があまりよくなく更に昼食作り組ともごたごたがあり、やることがいっぱいいっぱいで空回り状態。おまけに時間には間に合わないし、きちんと仕事をこなせてない。本当に私がなんで指揮をとらなければならないのか。一生懸命伝えたいのにうまく伝わらない。仕事ができない。おまけに料理もあまり出来がよくない。やるべきことがきちんとできない状況が本当に情けなくて、思わず家に4回電話しました。それも泣きながら。
泣いてるときに小林さんが必死でちゃちゃを入れて来て、更に悲しくなってしまいました。「どれだけ完璧主義なんだ!!」とか「何様だぁ」とか「いいよいいよ、帰って。ここから埼玉まで170km歩けばつくよー」とか挙句の果てには歌までうたい始めてました。銭湯でも悲しくなり、古民家に帰っても悲しくなり迎えに来てほしいと連絡したのですが、両親に叱咤激励されたのでなんとか立ち直れました。
ただこんな状況でやる位なら私は休みたいなぁと思いました。何で自分がこんなにできなかったのか、今日言われたこと、直すべき点、どういうリズムでやればいいのか、そんなことを夜に用紙に3枚書いて、次の日に備えて、私は頑張らないでいこう! と決めました。
次の日は、そのおかげもあり、前日よりはうまくいきました。気のはいりかたが多分昨日よりも今日の方が違うし、成功させようという意識が全員に行き渡っていた感じが本当にあったなとおもいました。その日のプレ納涼会ではTさんご一家が参加してくださり、本当にためになるアドバイスをいただきました。冷や汁うどんは冷たい方がいいとか。暖かいものは暖かいほうがいいとか。そこを直せば今の状態よりも更にいいというアドバイスをいただきましたがそのことが印象に残ってます。
そして、当日。午前中にほとんど料理の仕込みを済ませ、時間に余裕を持たせることが出来ました。今までは時間に余裕などは全くなかったので、本当に自分でも信じられなかったです。食器の打ち合わせや、材料の打ち合わせ、本当に本当に大変だったけれども料理を作り終えた瞬間、やりきったと思いました。初めて関わる人間と本当にここまで出来るということはすごい事だと感じました。
そして、納涼会本番の時、体調が急に悪くなり始め体も痛くなり始め頭もすごく痛くて、体に寒気を感じ始めました。多分微熱だろうと思っていたら40度近い熱がでて、せっかく一番美味しくできた料理を食べることもなく、埼玉に父親と帰宅しました。それが唯一の心残りです。でも達成感は今までのモノとはまったく違うなと思いました。帰らなくてよかった、逃げ出さなくてよかったとそのとき感じました。古民家で、もし納涼会が成功したなら多分皆さんの協力があったから、というしか言葉は出てきません。
古民家後の私の変化は カリン塔で修行してきた悟空並みに料理のスキルが上がっていたこと。今までより余裕をもって何事も行動できるようになりました。料理をこなしていたのが楽しくなったという感じにはなりました。(M.Hさん)
■指が切れた物語
8月1日、朝6時に調理をしました。人参を切っていました。人参一本だけ切りました。
指が危ないです。左手の薬指が危ないです。包丁で左手の指を切りました。人参が硬くてつるつるしました。危ないです。気をつけてください。指切っちゃった。薬指の爪の横を切りました。血が出てました。血が出なかったけど、バンドエイドを貼りました。市川さんがバンドエイドをはってくれました。血が出なかったから大丈夫です。軍手をもって来てくれました。軍手をはめました。すぐに治りました。軍手をしているときは、調理はやらなかったです。Tさんと、Sさんと、O君と、Kさんが調理をしてくれました。(M.Yくん)
■私の変化
7月31日~8月7日まで、山梨県北杜市で行われた『夏の古民家合宿』に参加した。今年の参加者は、昨年よりも多く、7月31日~8月7日までの8日間参加した人は、彩星の生徒・スタッフ・卒業生の他に淑徳大学の方達が参加していた。また、8日間ではないが、たくさんのボランティアの方達が参加してくれた。
古民家で過ごした8日間の中で、1番記憶に残っていることは、8月5日に行われた納涼会。古民家でお世話になっている方達を招いて行われた。
8月5日。当日は朝から準備があった。午前中に朗読の練習があった。「どっどど」と「鹿踊りのはじまり」、「雨二モ負ケズ」の間に「命の識りかた」を入れた朗読をした。「どっどど」は松矢さんとO君が先行で、皆で繰り返して読む。「鹿踊りのはじまり」と「雨ニモ負ケズ」、「命の識りかた」も同様に先行者の後に続けて読む。所々に『なぜ私達は 毎日毎日 食べ続けなければならないのか』(「命の識りかた」)という台詞を、私がソロで読んだ。
朗読の練習後、私は何をしたらいいのか分からなかった。小林さんが、足りない食材やお昼のパンを買いに車で出ると聞いたので、小林さんとNさんと一緒にスーパーに行った。
午後。山でキャンプをしている小中学生とTCA専門学校の学生さん達にお昼ご飯を届けに行った。松矢さんと行った。古民家で、納涼会の準備をしている風景をデジカメで撮影したり、草刈りをしたり、おにぎりを握ったりした。おにぎりを握っていた時に凄く印象的だったことがある。それは、おにぎりを握っていた部屋の電気が何故か点かず、アシスタントのNさんが、ひたすら円状の明るく光る物体を持っていてくれた。途中で手がプルプルしだしたらしく、K君と交代していた。そんな様子をHさんとI君、O君、淑徳大学のNさん、アシスタントとして来てくれたAさん達と笑って見ていた。
納涼会はPM6:00~スタート予定だったので、私はPM5:30ぐらいから、外でKさんと接客をしていた。外の接客は、来てくれたお客さんを玄関まで案内すること。途中でKさんに外の接客を任せて、motoさんと一緒に小淵沢駅まで落合さんを迎えに行った。
そのあと、納涼会に参加した。ご飯を食べていたら、Hさんが具合が悪いと言い出したので男子棟へ連れていき、熱を計らせたりしていたら、松矢さんに「朗読するよ。」と言われたので、朗読に参加した。本番では、motoさんと八重樫さんによるディジュリドゥと太鼓の演奏が加わった。
朗読が終わったあと、お客さん達は帰って行った。
お客さんが全員帰ったあと、清水さんが持ってきてくれた花火をした。花火では、清水さんや落合さん、清水さんのお母さんのテンションがめちゃくちゃ高かった気がする。私は、花火をしたり、八重樫さんの太鼓を叩いたり、ご飯を食べたりとマイペースに過ごしていた。
今回の古民家合宿では、昨年に比べると参加者が多かったので、体力的には作業が少なかった。その分、凄く楽だったと思う。
だが、精神的には今回の方がきつかった。私は人がたくさん居る場所が苦手なのに、初対面の人が多い空間で、どのように生活リズムを作ったらいいのかが分からなかった。が、日が経つにつれて、1人で過ごす時間を作ったりと少しずつ生活リズムが作れるようになった。
今回の古民家合宿は、人が多い場所からの逃避の仕方などを学べた気がする。(O.Aさん)
■バスをたのしむ物語
8月7日(金)この日、最後の古民家だ。僕はバスを楽しみに待った。その間に大掃除をすることになった。まかされた仕事はいろいろあった。食器洗い。雑巾がけ。掃き掃除。そして玄関掃除。僕はとくに理由はないが、この玄関掃除が好きだった。そして大掃除も最後になってきた。ほかの生徒の荷物をバスの中に詰め込んで、ゴミ拾いしたりダンボールを破り捨てたりした。最後にみんなで記念写真を取って、バスの中に乗りこんだ。バスの中ではゆったり、音楽を聞いたりおかしを食べたりして、お土産を買って帰った。
おわり(O.Yくん)
■納涼会が成功した物語
8月5日は納涼会でした。納涼会に向けて午後2時頃から準備を始めました。僕とH君は燻製係でした。燻製は庭のカマド場を作って行いました。会場の席順の確認をした後燻製作りの方に入りました。燻製はチーズとかまぼことブタバラとタクワンをしました。チーズの燻製する場所が小さくて、チーズだけあとに回そうとしたらチーズがまにあわなくなってしまいました。
午後6時にいよいよ納涼会がスタートしました。僕は納涼会に来て下さったS様と、家主さんのT様とK様とT様と清水様達に納涼会のメニューを紹介しました。1つは野菜ステック、2つ目はキンピラ、3つ目はヒジキ、4つ目はカボチャ、5つ目は鶏のスッパ煮、6つ目は冷や汁うどんです。次に燻製のメニューの紹介をH君と僕とでして回りました。
8時頃に彩星のメンバーは、来てくれた人々に朗読をしました。僕は朗読の中で「高原」という宮澤賢治の詩を言う役目でした。朗読の対象はお客様の中でもTさんでした。朗読を聞いてくれた人は、いい顔をしていました。最後に松矢さんがしめの挨拶をして終わりました。
再び納涼会の接客の方に戻って、僕はキッズ☆シリウスで参加してきたN君の面倒をみながら、他のお客様の接客をしました。
納涼会が成功して良かったと思います。(N.Yくん・研究科)
■納涼会の準備で野菜が切られる物語
8月5日の、納涼会の準備で調理を作りました。人参の皮をむきました。人参を切りました。きゅうりを切りました。人参スティックときゅうりスティックを作りました。じゃが芋を切りました。味噌汁に入れました。卒業生のKさんと、I君が手伝ってくれました。
ボランティアスタッフのAさんと、Mさんと、Kさんが手伝ってくれました。たきこみご飯をおにぎりにしました。サランラップで包みました。MOTOさんと、落合さんと、八重樫さんと、清水さんが来ました。
6時に納涼会が始まりました。家主さんのTさんと、Kさんと、Tさんと、Sさんが来ました。NHKニュースで朗読の放送がありました。そのビデオを見ました。人参スティックと、きゅうりスティックと、たきこみご飯のおにぎりと、みそしるを食べました。みんなの前で朗読の発表をしました。(M.Yくん)
ボランティアの声
■夏の古民家合宿(1日目~3日目)
私は合宿1日目から3日目までボランティアスタッフとしてキッズキャンプの活動に参加させてもらいました。歩いて山道を登りキャンプ場を目指しましたが、そこに着く前に雨が降ってきてしまい、建設途中の木造の家に避難しました。その間、TAC専門学校の学生の皆さんがテントを立ててきてくれました。しかし夜になっても雨は止まず、その家に一泊することになりました。山梨に向かう車の中では大人しかった子どもたちは、慣れてきたのか些細な事で喧嘩をしだしました。それでも広くない屋根裏部屋に10こ以上の寝袋が並びました。
2日目の朝から夕方にかけて、荷物をテントの中に運んでもらったり、温泉につれて行ってもらったりしました。温泉に入っている時に再び降ってきた雨のため、この日もキャンプ場のテントには戻れず、古民家に泊まらせてもらうことになりましたが、ただ待機するだけの状況は子どもたちにとって苦痛だったと思います。喧嘩も絶えず、家に帰りたいと泣き出す子もいて、この先のキッズキャンプが心配になりました。
古民家での2回目の食事である夕食のことです。2人の男の子の喧嘩が収まらないことに対して、市川さんが厳しく叱ったのです。その様子を他の子どもたちも私たちも無言で見ていました。その男の子たちは皆が夕食を食べ終わった頃にやっと箸を手に持って静かに食べ始めました。それどころか、ホームシックになっていた子は泣くのを止め、子ども同士の喧嘩もなくなったのです。古民家での食事も子どもたちの動きがスムーズになり、余裕を持った行動が少しずつできるようになりました。キッズキャンプのスタッフであるTACの学生さんたちや私が子どもを叱っても、なぜ叱っているのか伝わっていないので意味が無く、いかに中途半端だったかをその変化ははっきり示してくれました。
3日目の午後、山中のキャンプ場に戻るため歩き始める子どもたちは、初日から続いた雨にぐったりしていた様子もなく、晴れた空にこれからの活動への期待を寄席ながら、見送る私に向かって元気良く手を振ってくれました。(K.Kさん・アシスタント)





