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'09夏 古民家合宿 参加者(インターン学生)の感想

★☆★在校生の感想はこちら★☆★

インターン学生の声

■「かまど」で米炊き

 7月31日の金曜日、インターンシップでフリースクール、彩星学舎の生徒さん達と山梨県北杜市、白川町上教未石にある古民家合宿へ参加させていただきました。
ここでの生活は、全て自炊であったり、水道も通っていなかったりで、水をくみに行かなくてはならないという、普段の私達の生活では、体験できない生活が始まりました。そこで私は、古民家に着くなり、役割分担でスタッフである小林さんから「あっ、米炊きやりたそうだね」という一言から、「かまどでの米炊き」という役職を与えて頂きました。もちろん、始めから出来る訳などないので、米炊きをしてから7年ほどになる「A君」という18歳の男の子に教えてもらうことになりました。今、18歳で約7年もやっているということに驚きです。11歳の頃から米炊きをしているのです。ベテランです。
早速、夕飯の下準備です。A君に、段取りを教わりながら準備を進めていきます。米をといだりすることは、私も家の炊飯器でやったことがあるので分かってはいました。しかし、ここでは、他に参加している生徒や、山でキャンプをしている学生さん達の分も合わせて、約40人前、米は量にして40合も作らなくてはならないのです。だから、米をとぐのだけでも、相当な量の水と時間が必要なので、結構きつい仕事だと思いました。
夕飯の準備の最後に米の炊き方を教わり、実際に一緒にやらしてもらいました。「かまど」で米を炊くという経験がないので手順が全く分からず手間取りました。始めは薪を割って「かまど」なので、火をおこすところから教わりました。しかし、なかなか簡単に火が起こるわけでもなく、火をおこすのだけでも大変でした。
 やっと火がおこせて、次は火力の調節です。これも普段は絶対にやることがないのでとても難しかったです。何より、薪の量で火加減を調節するので、初めてやる人は、全く分からないのでそこは、A君にすべてやってもらうことにしました。7年もやっていると、やはり、ちゃんと段取りなどがしっかりしていて、スムーズに仕事をこなしていました。
しかし、初日の飯は、あげるタイミングを逃してしまい、大変なことになりました。コゲです。全体の3分の1くらいがコゲた、すごい米になってしまいました。
夕飯時、食卓に並んだ茶碗の中のものが黒コゲでした。私は「かまど」での米炊きの難しさを痛感し、同時に食卓にそれを出してしまった無念さと、皆に食べさせてしまった悔しさをひしひしと感じ、「明日からは絶対にうまい飯を炊く」と決心しました。
 それから、私も古民家の生活に慣れてきて、段取り、米の炊き方や炊く時間、あげるタイミングが掴めてきたのが、参加してから3日目の昼あたりです。次の日の8月3日からは、納涼会の練習が始まるということもあり、この3日目にある程度は、マスターしておきたいと思っていたので、ちょうどよく身に付いてきました。
 夜の飯では、最高の米が炊けて、納涼会への期待が膨らみました。
8月3日、4日は、納涼会の練習で、私たちかまど組は、「白米」ではなく、「炊き込みご飯」を作ることになり、私は戸惑いました。「炊き込みごはん」。A君は、毎年のことなので慣れていたみたいですが、やはり、自信なさげに「難しいな」とボヤいていました。私は全くのドシロートなので、ここでの「かまど」の炊き方と家で作る炊き込みご飯の知識を使って、実際に炊いてみました。
 しかし、炊いてみると、何か違う、普通炊飯器で炊き込みご飯を作る場合、水を少なめに設定しますが、「かまど」だと、水分が少ないと炊けないのです。そんなこともあり練習で水の分量を調節して、本番である8月5日の納涼会へ向けて調整を行いました。
 納涼会当日、準備を早めに始めて、余裕をもって仕事をしました。前回、前々回と調整を繰り返したおかげか、準備も作業も、とてもスムーズに行うことができ、いよいよ炊きあがりです。タイミングもちょうどよく、いい匂いが香ってきます。蓋を開けるととてもいいにおいが一気に広がって、私とA君の顔にも笑顔が広がりました。米は成功。後は、おにぎりにして納涼会の席に出すだけとなり、二人で安心し、他の準備現場へ手伝いに行きました。
お客さんの反応が気になり、思い切って自分の自己紹介の時に、おにぎりの味を聞いてみたところ、皆さんに「とてもおいしい」と言っていただけました。始めの米に比べて、今回の米は、最高の出来となり、私は嬉しくなり、A君と握手をして、「やったね」と声をそろえて喜びました。私たちの仕事は無事に終わり、納涼会も「大成功」という形で幕を閉じました。
 今回の合宿では、とても貴重な体験をすることができました、「かまど」での作業も、初日に比べ、とてもスムーズになり、米の炊け具合も、今では匂いでわかるようになりました。それと同時に、この彩星学舎に通っている生徒さん達は、始めは、コミュニケーションがとれず、うまくいかない時もありましたが、この7日間を経て、彼らは、ひとりひとり個性を持っていて、それを発揮する場がひとりひとり違い、皆で協力すれば困難なことも乗り越えられるんだと、私の価値観そのものが変化しました。
 みんなとのコミュニケーションの場を与えてくれたり、私を一回り大きくしてくれたりした、そんな貴重な古民家合宿の「かまど」体験でした。(大学生 F君)

■古民家合宿

 実習生として始まった8日間の古民家合宿。私は不安を持ちながら実習生として何をすべきかわからないまま臨んだ合宿だった。
行きのバスが彩星学舎の生徒との初顔合わせとなったが、やはり緊張していたこともあり話をかけることもできないまま山梨の宿泊先へと着いてしまった。ここから彩星学舎と実習生の生活が始まった。
着いたその日、役割分担の決定、部屋割り、そして役割の実行までを行った1日でした。私の役割は草刈になり庭の草刈をしました。東京に住んでいて草刈なんてことは経験しないもので、はりきっていましたが、やはり草刈です。腰が痛くなり足も痛くなり、典型的な都会っ子な自分に気付かされました。途中、雨が降ってきて中止になり、部屋での待機となり、生徒とのコミュニケーションを取るチャンスができました。話をかけたときの第一印象は、シャイな子だなと思い、その日はあまり話すことができないまま夕食をむかえ終わった1日でした。その夜、市川社長と彩星学舎スタッフと話す機会を設け、ひとつの質問をしました。それは「私たち実習生はこの合宿で何をしたらいいのか」を聞きました。
私の中で実習生とはスタッフの一員とし、この合宿を成功させるために全体を見てサポートをしなければならないと思っていました。が、返ってきた言葉は「自分の役割さえすればいい」という言葉でした。その時「あっ、このスタッフたちに期待されてない」と思い、すごく悔しく、次の日から見返すくらいの気持ちで頑張ろうと決心しました。
 次の日、昼くらいから雨が降り草刈中止。午後には田んぼに行く予定もありましたが、午後も雨のため中止となり、その日1日部屋にいました。その時、彩星学舎の卒業生のふたりと話すことができました。ひとりは私よりも年上のAさん。同じ趣味を持ち、話を弾ませることができました。もうひとりは、実習生Bの役割の、釜戸職人C君とも話をしました。その日は他の生徒とも話せ、この合宿を一緒に盛り上げていきたいと思いました。
 3日目、田んぼへ行き草刈を始めてすぐに雷雨にみまわれ散々な午前中でした。午後には大人のうずくまったくらいの大きさの岩を動かして遊び、バギーの体験もしました。
 4日目、5日目共に納涼会のデモを行いました。4日目は会場準備、料理と共に時間に間に合わず、それぞれが改善策を練りました。料理の人たちは作り始める時間を早めることにしました。しかし、会場準備の改善策が決まらないため、私が会場準備の段取りを決め、ました。スタッフと話し合い、5日目の会場準備を仕切ることにしました。その結果、5日目は会場準備、料理共に間に合い、最高のデモになりました。
 6日目、納涼会本番の日、準備を始め前日よりもみんな働き、30分前になるとお客さんも見え始め焦りを感じ始めました。みんなそれぞれの役割を一生懸命やり、午後6時の始まる時間に間に合いました。それぞれが違うことをして、ひとつのものに向かって取り組む姿勢は、素晴らしいものでした。無事、納涼会は終わり、「満足にできた、できない」ということよりも、大きな達成感が私の中にありました。6日目になると生徒のみんなとも話せ、相手の良いところ苦手なところも見えてきました。
7日目はみんなで前日の片づけをしました。この日もそれぞれの役割をしっかりやり、話をし、一緒にふざけ、遊びました。そして最終日、備品整理、大掃除をし、帰る準備をしました。
 合宿は生活をしていくのに苦しい場所でしたが、大きなものを得ました。その人に足りないものがあれば違う人が補う。1日1日が勉強であり、それが私の力になったと思います。
初日は正直辛さしかなかったですが、生活していくうちに楽しくなり、生徒と仲良くなり私なりに内容の濃い古民家合宿になったと思います。この素晴らしい実習を経験させてくれた彩星学舎スタッフ、生徒、市川社長に感謝です。(大学生 D君)

■古民家合宿に参加してわかったこと

 私は大学のインターンシップの授業で、大学から7名、彩星学舎から6名(11名)、スタッフさん3名、TCA専門学校の方8名で、山梨に夏の古民家合宿に参加させていただきました。小、中学生とスタッフさん1名とTCAの方々は、山でテントを張りキャンプ。残った私たちは古民家へ移動をしました。
私たちと彩星学舎の何人かで古民家についてすぐに調理を任され、それは1日3食まるまる1週間、50名分ほどの飯を作っていました。古民家について3日間で生活を整えます。飯を作りながらも1日だけ田んぼの仕事を手伝わせてもらいました。稲の周りにはえている雑草を踏み込んだり、抜いたりしていました。5日の納涼会に向けて、3日・4日は納涼会に出す何種類もの食事を彩星の生徒達と淑徳の女子達で作っていました。アドバイスを頂いたりもして、本番は準備も早く終わり大成功でした。あとの2日間は片付けと大掃除をし、私は1週間お世話になった台所をきれいにして古民家を後にしました。
この合宿に参加して、まず不登校の子やいわゆる「障害」を持った子に、どのように接したら良いのかわからないまま、私達は調理を始めました。
彩星学舎の生徒も一緒に混ざり調理を始めたが、この子達に包丁や皮むき器を持たせても良いものかと思っていました。しかし、積極的に「あれやる、これやる」と言ってきたので、様子を見るために少し包丁を持たせて切ってもらうと、やはり少し危ない気もしましたが、今までにもこういう場所で調理をしていたためか手慣れている部分もありました。私は「ここの生徒さんはできる子なのだ」と思い調理を手伝ってもらいました。
私が想像していたフリースクールの生徒は、自分ではあまり何も出来ない、少し手のかかる人達なのかと思っていました。そんな自分勝手なイメージを持ちながら参加した合宿でした。しかし、少し噛み合わない時もありましたが、一緒に仕事をしながら過ごすうちに、会話も普通に出来、何か仕事を任せたらキチンとやりとおす人達だということがわかりました。
「不登校だから出来ない」、「障害を持っているから出来ない」のではなく、「やらせないから出来ない」のだと思いました。確かに親御さんからしたら、自分の手元を離れ子供達だけで生活をするとなるとものすごく心配なのかもしれません。しかし、その子のできる可能性をなくしてしまっては可哀相だと思いました。私がこの合宿を通して1番強く思ったことは、ここの生徒さんたちは人より少し理解や行動が遅いだけで、私達とそんな変わりはない、と思いました。もっと色々な所へ行き、色々な人と関わって、その子の持っているものを色々な場面で引き出せてもらえたら、その子はものすごく成長すると思いました。
この合宿に参加し、一緒に過ごし仕事をしたことで、この彩星学舎の生徒達だけでなく、すべてのフリースクールや障害を持った人たちに対する私のイメージが崩れ、見方が変わりました。そこで初めてフリースクールの活動や、どのような人達がいるのか、生徒がどうやって過ごし、どんな顔を持ち、どこまで何ができるのか、というのがわかりました。ものすごく良い体験をさせていただきました。私もそこで成長したと思います。ありがとうございました。(大学生 Gさん)

■インターンシップレポート

1. 社会実習先の概要
私が実習先に行った彩星学舎とは、学力充実はもちろんのこと、不登校や高校中退、学習障害や多動傾向、心のつまづきなど、さまざまな学習ニーズをもつ生徒に開かれたフリースクールです。彩星学舎の目指している教育は次のようなものです。
「子供たちが学びとった学問や文化を基礎として自己の力で自らの世界観や人生観を創り出していくことを可能にしていくものであるはずです。子供たちが学習を通して、自分の可能性/力を信じ、自立した人間として新しい人生を踏み出していくために、彩星学舎は、全ての子供たちに備わっている『学び、伸びていく力』を信じて、その成長を付かず離れず見守っていく覚悟だ(彩星学舎パンフレットより)」
そのように彩星学舎の紹介に書いてありました。その他にも「『子ども』の発見はすなわち『大人』の発見でもあります。変わらなければならないのは、むしろ大人の方なのかもしれません。」とも書かれていました。このような理念にもとづき活動している彩星学舎の方々と、山梨県にある古民家で7泊8日共に生活をしました。

2. 仕事に携わった感想および意見
私が今回、フリースクールに通う生徒達の中で生活をしようと思った時、初めの気持ちとしては「どうしよう…」という気持ちでいっぱいでした。自分の中でのフリースクールのイメージは、暗い子ばかりでデリケートな子達が多いのかな? と初めは思っていました。そんな気持ちを抱きながら私の7泊8日の生活が始まりました。
古民家に着いた時の第一印象として「虫も多いしこんな暗い所で7泊もやっていく自信がない。全く知らない子が多いし彩星学舎の子とどう接したら良いのか分からない。」という気持ちでした。しかし、この生活を通して私は沢山のことを学び、気付きました。今回、私は調理の担当をしました。毎日3食、約50人分の食事を作っていました。初めの方は全く慣れなく、予定時刻より出来上がるのが遅れてしまい、周りに凄く迷惑をかけていたなーと、今、改めて思います。最初の3日間位は、何度も逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。ただ日に日に「時間通りに作らないといけない」という自分の中でのプレッシャーとの戦いが始まりました。3日目位になると、慣れてきたのか時間通りに出来たり少し早めに出来上がるようになりました。合宿が始って4日目に、自分の中での最大プレッシャーが訪れました。それは畑管理や日々お世話になっている近所の方々に料理を振る舞う会「納涼会」の準備が始まったからです。今までの3日間、時間にルーズだった私たちが、本気モードになりました。納涼会は本当に大切なイベントで、料理が遅れるということは絶対に許されないのです。そのプレッシャーもあり、絶対に成功させようという決意が皆の中にありました。納涼会前日のリハーサルは「18時までに成功出来ないと温泉はなし」の約束が付けられました。その約束もあり、特に自分は必死にやりました。無事にリハーサルも成功して温泉にも行けました。そして8月5日、納涼会本番。周りも結構焦っていて、自分の中でも凄い焦りがありました。一番の気持ちとして「絶対に彩星のためにも自分のためにも成功させる」……そんな意気込みがありました。その結果、本番の1時間前には仕上がり、納涼会は無事に成功しました。その時、自分の中で気付いたことは、諦めないで挑戦していけば、人は必ずやりこなせるということ、何か目標があってやる気と根気があれば成功するということが分かりました。
その他にも畑仕事を1日だけ体験させてもらいました。初めは正直凄い抵抗がありました。泥の中に入るなんて嫌だ、とか、アメンボが居すぎて入りたくない! そんなことを思っていました。でも、後々考えてみたら私は農作をしてくれている人がいるから食事が食べられている。畑があるから生きられる。そんなことを思えることが出来ました。なので、今は田んぼの草踏みをやって勉強になったし良かったと思っています。
今回の生活を全体的に振り替えると、本当に彩星学舎の皆と古民家に行けて良かったと思っています。初めの印象と比べて、今の彩星学舎に対する印象が凄く変わりました。初めは「暗そう」とか「働かないかな」と思っていました。でも、料理担当の子達は凄く努力家で、積極的で「自分も頑張らないといけない」って気持ちになりました。皆一生懸命やる子達だったし、自分をもっていて明るい子も沢山いたし、自分の意見をきちんと尊重している子もいました。なので、最初の印象と今の印象は全くと言って良いほど、変わりました。学んだことしては、一生懸命やれば結果は残せるということでした。今回の実習は、本当に自分自身でやり通せるか不安でした。周りからしても大丈夫かな? と思うメンバーだったと思います。正直、自分でも思っていました。しかし、乗り越えられたことはこれからの自分への自信にも繋がるんじゃないのかな? など、普段出しきれない力を誰もが絶対に持っていて、家族や友人の前で出せない力を、今回の夏の古民家合宿で出し切ったと思います。私には私なりの力があり、皆にも皆それぞれ絶対に力はあると感じました。ひとつの大きな壁を乗り越えられ、私自身少しは成長出来ました。

3. 自分の仕事に関して、今後、改善・改革すべき点
自分自身、改善しなければいけないという点が出ました。それは彩星学舎に対しての第一印象のことです。初めは正直良くなかったです。暗いなど色々と失礼なことを思ってしまっていました。でも、実際に一緒に生活をしていき「何も私達と変わらないじゃん」という気持ちになりました。どうしても、自分の性格上、第一印象を重視してしまい、今回の場合「フリースクール」って名前だけで差別をしていたと思います。しかし、それは本当に、最悪なことでしてはいけないことだと気付きました。第一印象は確かに大切だと思います。ただ、私の場合、見ても無いのに名前だけで判断していましました。今となっては凄く恥ずかしいことだったと思っています。なので、自分自身、その人と向き合うまで絶対に偏見は持たないように改善していきたいと思いました。

4. 社会実習先への要望・提案
彩星学舎の小林さんという方から、色々と話を聞き教えられました。「彩星学舎は殻にこもるのでなく、色々な人と接することを中心にやっていく」と言っていました。私は小林さんのやり方を聞き、同感することしかありませんでした。なので、要望も提案も何もありません。小林さんの考えが彩星学舎にぴったりだと思います。

5. 後輩へのメッセージ
初め合宿は、辛いと思っていました。確かに辛かったです。しかし、辛かったという気持ちを通り越し、行って良かったなという気持ちになりました。色々な方々とコミュニケーションが取れ、とても勉強になりました。(大学生 Cさん)

■心の変化

 私がこの度インターシップを申し込んだのは彩星学舎という不登校生や発達障害者を対象としたフリースクールでした。私は中学時代に不登校を経験しており、過去の自分と同じような経験をしている子供たちの訳に立ちたいという気持ちで応募しました。
 彩星学舎には古民家合宿というものがあり、私はその合宿に参加させて頂きました。古民家合宿とは山梨県にある農家の空き家に9日間滞在し、そこで彩星学舎の生徒と一緒に農村の生活を体験するというものでした。都会暮らしの私にとって農作業を通じて自然と触れ合うことは大変興味深く、今まで自分が経験したことをないことを体験することによって自分を向上させることができるかもしれないという期待がありました。それと同時に自分とはまったく違う環境で育った人たちと上手くコミュニケーションがとれるだろうかという不安やそもそも農村の生活に慣れるだろうかという気持ちも強くありました。
 期待と不安が入り交じりながら古民家に着いた時、私はカルチャーショックを受けました。私が訪れた家は、私の想像以上に古く、ちょっとしたコテージのようなものをイメージしていた私の期待は壊れてしまいました。後から聞いた話ですが、この家に元々住んでいた方々は、私のおじいちゃんのおじいちゃんに当たる世代の人たちだったそうです。とにかく古民家に着いた時に思ったのは「自分の考えが甘かった。」ということです。そしてそんな私に追い討ちをかけるかのごとく、ショックを受けたのは古民家の仕事内容でした。古民家で私に割り振られた仕事は料理でした(農作業は男の子たちがするそうです)。私は大学で色々なことを経験しましたが、そのほとんどが書類の作成や年上の方々の会議など、オフィスワークとまではいかないまでもそれに近いようなものでした。逆にそういった活動にかまけ、料理などの家事はむしろおざなりにしていました。この時ほど今まで料理をしなかった自分を呪ったことはありませんでした。しかも5日後には納涼会という近所の人を招き、ご馳走を振る舞うイベントと開くと聞いて、私は目の前が真っ暗になりました。「自分が生活するのがやっとなのに、誰かのために何かするなんてできる訳がない。」これがこの時私が思ったことでした。
 彩星学舎は古民家合宿と同時進行で、山の上で小学生キャンプを行っていました。私は合宿に参加していたため、普通ならば小学生キャンプの参加者とは会うことないのですが、合宿1日目〜3日目ぐらいは雨天が続いたため、2日目のお昼から3日目の朝まで小学生が古民家に泊まることになったのです。古民家は合宿に参加している人たちだけで満員状態でしたが、小学生が入ることで狭い家の中はもうパンク状態になりました。子供たちはかわいいのですが、慣れない環境のせいか、はしゃぎ、家の中を歩き回っていました。自分のことで精一杯だった私は、そのような状況に苛立ちを感じてしまいました。合宿に来る前は「子供たちと接したい、触れ合いたい。」という気持ちが強かったのですが、恥ずかしながら、その時の私は自分のことをこなすので手一杯で、彩星の生徒ともあまりコミュニケーションをとれずにいました。そんな自分が嫌でしたが、何もできずにいました。
 そんな私の気持ちが変わる出来事が2日目ありました。小学生キャンプに参加している子供たちと、ほぼ同時期に、彩星学舎の関係者で武蔵林業社の社長である市川さんが古民家を訪れたのです。市川さんは自分の感情をストレートに表現する方で、態度の悪かった小学生を怒鳴ったことで、その小学生と大喧嘩をしてしまいました。その喧嘩の後、市川さんは私に話しかけてきてこう言いました。「あの子たちは親の愛情を十分に受けていない。だからここへ着た時は、自分を認めてもらいたくて、こうして世話をしてって騒ぐんだ。」この言葉を聞いて私は「ハッ」としました。そして、私は不登校の頃の気持ちを忘れていたことに気づきました。もしかしたら私は、心のどかで彩星の生徒に対して哀れみや同情という卑しい感情があったのかもしれません。しかもそれは、私が不登校時代に誰にも思われたくないことだったのです。「淑徳生だろうが彩星の生徒だろうが、そこには違いがないかもしれない。」私は改めてそう思うようになりました。むしろ彩星の生徒の方が私よりも正直で素直な子が多く、私も彼らを見習わなくてはと思うようになりました。
 話が少しずれますが、この時私は彩星のスタッフはすごいと思いました。私が不登校だった時は、多くの人が私に優しく(むしろ甘いぐらい)接してくれました。そして大学に入ってからボランティア活動で、障害者と接した時も、彼らのご両親やボランティアスタッフの人たちは優しく彼らと接し、彼らの言うことは極力聞いていたように思えます。しかし、彩星学舎のスタッフは違いました。生徒が悪いことをしたり、ワガママを言ったりしたら、ちゃんと怒り、厳しく接したように思えます。そして私は、その厳しさの中に優しさを感じました。もしかしたら、生徒を対等に見るからこそ厳しく接しられるのではないかとふと思いました。
 市川さんは3日目に帰ってしましたが、その頃ぐらいから古民家の生活に慣れはじめました。あれだけ嫌だった料理も自分なりの慣れ、少しずつ自分がやるべきことというのがわかるようになりました。そして不思議と、自分の心の中に余裕が出てきたからなのか、気がついたら彩星の生徒と普通に話すようになっていました。そんな自分に気づいてからは、古民家での生活が少し楽しくなってきました。最初は不安で仕方なかった納涼会の準備も着々と進み、本番前日になっても心持ちは妙に穏やかでした。人間というのは不思議なもので、初日から3日目ぐらいは1日をとても長く感じましたが、古民家の生活に慣れてきた3・4日以降は1日を短く感じていました。
 納涼会当日もいつものように起き、いつものように準備し本番を迎えました。私の仕事は、古民家の近くに住むおじい様方の接待でしたが、年上の人と話すことが得意な方だったので、特に問題なく終わることができました。それよりも印象に強く残っているのが納涼会の後のドンチャン騒ぎでした。納涼会の準備で相当ピリピリしていたのでしょうか、ピーンと張った糸が切れるようにみんな大はしゃぎでみなはめをはずして、大声で叫んでいたりしました。
 私は大はしゃぎしているみんなを見ながら、ふと気づきました。最初に古民家に着いた時は、メンバーのほとんどが初対面で、この合宿に参加した理由も意気込みもそれこそみんなバラバラで、それでいてバラバラだからと言って無理にまとまろうともしませんでした。しかし、納涼会というひとつの目標があったからこそ、みんなそこに向けて自分のできることを精一杯頑張ることができたのではないでしょうか。最初はバラバラだったみんなの気持ちも、納涼会という目標に向かったからこそ、ひとつにまとまることができたといってもいいでしょう。確かに、急に仲良しという訳ではありませんが、最初の日と納涼会が終わった後とでは、みんなの中には絆というか、そういうものが少なからず築き上げられていたのではないかと思いました。
 古民家合宿のメインイベントは納涼会であり、それが過ぎればあと2日で帰宅となります。その2日間で納涼会の片付けと帰宅の準備をするのですが、その時の私には、帰宅できる嬉しさと古民家を離れるさびしさの両方がありました。
 初日は、正直言うと、このインターンシップを選んだことを後悔しました。早く帰りたいと何回か思いました。しかし、古民家の生活に慣れていくうちに、次第にこのインターンシップを選んで良かったと思うようになりました。最初は慣れないことの連続で、どうなることかと思いましたが、家に慣れ、メンバーに慣れると、そこは私の居場所のようなものになっていたかもしれません。私はこの合宿を通して、フリースクールに対する考え方や、人との接し方、自然と触れ合うことの大切さなど、多くのことを学ぶことができました。今までやっていなかったことをやるのは大変でしたが、だからこそ、意味があったのかもしれません。そう考えながら私は帰りのバスに乗り込みました。(大学生 Bさん)

■田んぼ!

 私は、7月31日から8月7日まで彩星学舎の古民家合宿に参加しました。
私は、農作業というのは、面倒くさい、汚れる、などのあまり良いイメージを持っていなかったです。まず、なぜ雑草が生えているといけないのか? それは、周りの雑草たちに栄養が吸いとられてしまい苗に栄養が届かなくなってしまうからです。それと、周りからの見栄えが悪いからです。それは、俗に言う「腐ったみかんの方程式」の法則です。ひとつの田んぼに雑草があると雑草は種を飛ばし、周りの田んぼに迷惑をかけてしまいます。
そうすると、彩星学舎のメンツは潰れます。
それを、阻止するために私は立ち上がりました。
1日目、私はヒルに脅えていましが、恐怖心に打ち勝ち、田んぼに入りました。そして、ある事を気づきました。
私は、日焼けが大好きです。
太陽の下で作業をしていたら、日焼けが出来るんです。日焼けができることで最初の悪いイメージはなくなり、田んぼの雑草取りが良いイメージに変わりました。そして、2日目、3日目と田んぼの雑草を田んぼの中に踏み込んでいき、ついに全部の田んぼ綺麗にすることが出来ました。彩星学舎のメンツを守る事が出来ました。
また、機会があったら農作業を体験したいと思います。(大学生 A君)

■目に見える変化と心の変化

 私は1週間行った彩星学者の合宿で、目に見える変化と心の変化を感じることが出来ました。
 私がこの合宿を決めた理由は、1週間泊まるだけならば、楽に終えることができると思ったからでした。大学の課外授業は数十ヶ所あり、その中ら自分で選ぶというシステムでした。膨大な資料に目を通し、とにかく簡単なところに行きたいと、当初は思っていました。その中で探し当てたのが、彩星学舎の合宿でした。当初大学側から聞いた情報では、昼間はキャンプをし、夜は民家に泊まるというものでした。キャンプなら特にやることもなく終わってくれると思い、合宿に参加することを決めました。
 しかし、合宿に参加する前に一番不安に思ったことは、フリースクールの生徒のことでした。大学側から聞く情報によると、彩星学舎には人間関係に行き詰まり不登校の子たちが通うところであると知りました。私は今まで、そういった子たちと接したことがなく、一体どうやってコミュニケーションをとったらいいのか、全く想像が出来ませんでした。また、その時には彩星学舎の子たちの面倒も見なければならないと考えていました。1週間近くも宿泊をし、フリースクールの子たちの面倒を見ながら生活をすると考えると、次第に不安になってきました。しかし、友人も一緒にいくことが決まったので、不安も大きくならず何とかなると思い合宿の日を向かえました。
 予め決められていた集合場所に行き最初に思ったのが、人数が少ないということでした。目的地までバスでいくと聞いていたので、かなり人数が多いと思っていたのですが彩星学舎のスタッフの方を除けば、十数人しかいなかったので驚きました。そう思いながらバスへと乗りこみ目的地に向かいました。
長い山道を経て、私たちが宿泊をする民家に到着をしたときに、衝撃を受けました。私が当初聞いた情報とはかけ離れているものでした。当初の情報では、しっかりとした宿泊寮のようなところだと聞いていたのですが、お世辞にもそのようには言えないものでした。見た目からして古いと伝わってくるもので、こんなところに1週間もいなければならないのかと、思わずにいられませんでした。その宿泊寮をよく見てみると、酷いものでした。雨漏りはしていて、床はへこみ、部屋のいろいろな場所に蜘蛛の巣がありました。宿泊寮などではなく、ただの古民家がそこにはありました。古民家の構造を言うと、建物はふたつに分かれていて、一方の建物には台所があり、食事をしたり雑談したりするような場所でした。もう一方は、米などを炊いたりする、竈がついているところで、竈の部屋以外に畳のくつろぐ空間がありました。
 いざ生活を始めるにあたり、一番ビックリしたことがありました。それは、水が通っていないことです。普段私たちの生活では考えられないことなので、驚いたというよりは信じられないといった思いでした。それなので、日に何度も水をくみにいき、常にタンクに水を貯めておかないと水が使えない環境でした。タンクに水を溜めているということは、考えずに使ってしまうと途中で水が全く使えないということにもなりかねないので、注意をしなければなりませんでした。また、水が通っていないということは、当然トイレにも水はありません。それなので、今で考えられないボットン便所と言われるトイレでした。水で流せないため、トイレの中は酷い臭いで、用を足すのも嫌になるほどでした。
また、彩星学舎のメンバーにも、正直戸惑いを隠しきれませんでした。彩星学舎に通う生徒の中には、人間関係を得意としていない生徒がいるというのは事前にきていて、その生徒達とコミュニケーションをどうやってとるのかというのが、課題となっていました。合宿当日になりいざ顔合わせをしてみると、やはりその段階では会話さえできませんでした。また、私は初めて合う人との会話を得意としていなかったため、そのことも重なり、さらに会話をすることを難しく感じました。そういった環境で1週間生活をするのは、あまりにも苦しいものになると予感させました。
 本格的に生活が始まり、メンバーそれぞれ役割を決められ、私の役割は調理でした。普段家でも調理をする方なので、そこまで苦労する仕事ではないと思いました。その時は、早く仕事を終わらせ休みたいと思っていたので、適当な時間に料理を始めました。調理のメンバーは、私を合わせて4人で、その中の誰とも話したことはありませんでした。それなので、ちょっとした頼みごとも出来ず、とても要領の悪いものになってしまいました。その結果、食事の時間を1時間以上も遅らすことになってしまいました。当然のように、他の生徒からは罵声がとんできました。私たちのせいで、食事が1時間も遅れただけでなく、お世辞にも美味しいといえるものを作れなかったので、当然と言えます。しかし、悔しくてたまりませんでした。次は絶対に美味しいといえるものを作ると心に決めました。
 そうは思ったものの、次の食事、また次の食事と結果は散々なものとなってしまいました。しかし、調理係りになってから2日後辺りから、調理のメンバーに変化が見えてきました。それまでは、私が指示をするまで何もしなかったメンバーが、自ら仕事を探し調理を進めるようになりました。そのせいか、自然と会話も生まれるようになり、調理はスムーズに進んでいきました。当初は、1時間以上も遅れていた調理が、いつの間にか10分程度の遅れですむようになりました。そのため、皆の気持ちも明るくなり、調理が楽しくなりました。そう思い始めたとき、いよいよ納涼会の準備が始まりました。
 納涼会とは、古民家を管理してくださったり、その他諸々大変お世話になったりしている地元の方達を古民家に招き、料理を振る舞うという、この合宿最大のイベントであり、目標でもありました。地元の方を招くため、今までのメニューや、部屋の状態では不十分であるため、いくつもの料理を考え、部屋の状態もよくしなければなりません。また、最も重要なことは時間です。地元の方を招くときには、何があっても時間を遅らせるわけにはいきません。精密機械のように時間をきっちりと守らなければならないため、今までの気持ちでは到底達成出来ません。合宿メンバー全員焦りを感じ始めました。
 そんな中で、私たちを奮起させるスタッフの方の言葉がありました。「やりたくないなら、帰ってくれて構わない。ただ、残ってくれるなら最高の納涼会をしよう。」その言葉に、私たちは奮起し、納涼会の準備を始めました。 
 準備を始めたのは良いものの、合宿のどの日よりも忙しい内容に、私たちは戸惑いを隠しきれませんでした。しかし、スタッフさんの言葉を思い返し、最高のものにすると誰もが思いました。すると、納涼会の開始時間は、午後6時にもかかわらず、午後4時30分にはすべての準備が終了していました。納涼会という、1週間で最も忙しい日にこれだけの結果を残せるのは、目に見える大きな変化と言えると思います。また、この時にはいつの間にか合宿が楽しくて帰りたくないと、思ってしまうくらいの充実感を覚えていました。そして、当初は全く話せなかった、彩星学舎のメンバーとも、話始めたら止まらなくなるくらい、会話が弾んだりという、心の変化も感じました。
 言うまでもなく、納涼会は大成功に終わり、合宿を最高の経験と思いながら1週間の合宿の、全日程を終了しました。それまでの短い時間で、目に見える変化、心の変化をこの身で体験をし、いろいろな形の成長感じることが出来ました。(大学生 E君)

  • 住所:〒330-0043 埼玉県さいたま市浦和区大東2-12-33
  • TEL:048-884-1234
  • FAX:048-884-1598
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